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海砂の乱獲や潮流の変化で砂が減少し普段では見られなくなったが、大潮の干潮時には今でも約300メートルの海の道が現れて神秘的。砂州の付け根には、奈良時代から鎌倉時代に航海祈願(航海の無事を願う儀式)が行われたとされる祭場の遺跡があり、歴史に思いを馳せることができる。
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昭和37年9月、飛島中学校校庭の鉄棒設置中に生徒が数個の土器片を見つけたのをきっかけに調査を行ったところ、皇朝12銭や銅鏡、奈良三彩の小壷等が出土し、貴重な文化財が埋蔵されていることが判明した。その後専門家による数回の発掘調査が行われ、奈良時代から鎌倉時代にかけての祭祀に使われたと見られる遺物が数百点発掘された。 大飛島付近は潮の干満による潮の分かれ目となるため、古来より通行する和船はすべてこの島付近で潮待ち、風待ちをしたといわれる。このため遣新羅使、遣唐使などは言うまではなく、太宰府へ往来する官人たちの常にこの地において海路の安全を祈願する行事を行ったと考えられる。そしてそれはすべて官祭であったことが遺物から推測される。 昭和38年12月市の史跡文化財に指定され、平成15年には国の重要文化財に指定された。なお、出土品の一部は郷土館に展示されている。
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