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小野竹喬について
 
※掲載されている作品の著作権は著作権者にあります。許可なしで画像の複製・転載はできません。
 
 小野竹喬(おの ちっきょう:1889〜1979)は、近現代日本画を代表する日本画家です。14歳から89歳にいたる75年間の画業を通して、日本の自然の美しさを描き続けました。
 その眼は四季の移り変わりや一日における朝から夕への微妙な変化にまで向けられ、描かれた作品からは自然のささやかな息遣いが伝わってくるかのようです。
 竹喬の繊細な感性によってもたらされる清澄な世界には、生まれ育った瀬戸内の温暖な気候と、大きく花開いた京都の洗練された芸術風土が強く反映されています。
 
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島二作(しまにさく)大正5年     

 竹喬芸術の永い展開の間には二つの頂点があります。一つはセザンヌなどの影響により洋画的手法を果敢に取り入れた30歳前後の《島二作(しまにさく)》に代表される時代です。
 また一つは、日本の伝統的な大和絵(やまとえ)を新たに解釈し、象徴的な世界に到達した晩年の《奥の細道句抄絵(おくのほそみちくしょうえ)》(昭和51年)に代表される時代です。
 そして、この二つの時代をつなぐ《冬日帖(とうじつちょう)》(昭和3年)もまた、彼を印象付ける名作といえるでしょう。
 
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仲秋の月(ちゅうしゅうのつき)昭和22年
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樹間の茜(じゅかんのあかね)昭和49年

 竹喬芸術のかけがえのない清らかさ、柔らかさ、温かさ、それは多くの人が語るように竹喬の温厚で誠実な人柄によって生まれたものです。
 素朴な竹喬芸術の魅力は、日本の自然の美しさとともに永く語り継がれてゆくことでしょう。

 
【略歴】

明治22年(1889)
11月20日、岡山県笠岡市西本町(にしほんまち)に生まれ、英吉と命名される。

明治36年(1903)
京都に上り竹内栖鳳(たけうちせいほう)に師事。

明治38年(1905)
栖鳳宅の寄宿生となり「竹橋(ちっきょう)」の雅号をもらう。

明治42年(1909)
京都市立絵画専門学校別科に入学。

大正5年(1916)
第10回文展に《島二作(しまにさく)》が特選。

大正7年(1918)
1月20日、土田麦僊(つちだばくせん)、榊原紫峰(さかきばらしほう)らと、国画創作協会(こくがそうさくきょうかい)を設立。第一回展に《波切村(なきりむら)》を出品。

大正10年(1921)
10月4日、土田麦僊らとともに渡欧、パリにて越年。

大正11年(1922)
1月から3月にかけて、イタリア、スペイン、イギリスを訪れて5月に帰国。

大正12年(1923)
雅号を「竹喬」と改める。

昭和3年(1928)
第7回国展に《冬日帖(とうじつちょう)》を出品。7月28日、国画創作協会解散。

昭和4年(1929)
6月、帝国美術院推薦となる。

昭和11年(1936)
10月、新文展審査員に任命される。

昭和22年(1947)
3月、京都市美術専門学校教授に就任(〜28年)。
7月、日本芸術院会員に任命される。

昭和25年(1950)
4月、京都市立美術大学教授に就任。

昭和33年(1938)
3月、社団法人日展の発足にあたり、常務理事となる。

昭和41年(1966)
11月、笠岡市名誉市民となる。

昭和43年(1968)
11月3日、文化功労者の表彰を受ける。

昭和51年(1976)
6月から7月にかけて、東京・大阪・京都・岡山の高島屋で「奥の細道句抄絵(おくのほそみちくしょうえ)展」を開催。
11月3日、文化勲章を受章。

昭和54年(1979)
5月10日、京都にて死去。享年89歳。

 
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この情報は、竹喬美術館が作成しました。 2008年01月08日更新
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